アジア研究図書館の将来像

 

 

2019年4月1日
小野塚 知二
アジア研究図書館長、経済学研究科教授

 

アジアを軸とした研究資源の集約と研究機能の連携
 東京大学に蓄積されたアジア関係の文献・資料は、本学が培ってきた多様な研究関心を反映して、東アジアのみならず、東南アジア、南アジア、西アジア・北アフリカ、中央アジア、東北アジアなど、アジアの諸地域を遍く覆う豊かな広がりを見せています。これらのアジア関係の文献・資料は、世界に誇りうる膨大なコレクションを形成しているといえましょう。ところが、これらの貴重な資料は、さまざまな学部や研究所の図書館・図書室・研究室に、いわば「分散」して保存され、利用に供されてきました。その理由のひとつは、大学が学問の方法別に組織されてきたことにあります。特定の方法に基づき、対象認識に努めるという知的活動により、学問の伝統が築き上げられてきたのです。しかし、いま、学問の方法は大きく変わろうとしています。「文・理」や専門分野を越えた知の統合・融合・連携が求められています。さらにはデジタルデータという新しい資料が加わりつつあり、この充実と活用も求められています。
 アジア研究図書館はこの付託にこたえるべく、まず、研究資源の集約化を図るものです。アジア諸地域に関する広範な文献・資料を可能な限りアジア研究図書館に集積させるとともに研究者を配置した図書館を目指すことにより、新しいアジア研究を生み出す研究拠点の形成を目指します。そのためには、専門分野間の、また、本学と国内外の諸機関との間の多様な架橋(bridging)が必要でしょう。

なぜ、アジアなのか?
 アジア研究図書館は、アジアに関する研究を日本から世界に発信していくことを目指しています。その対象とするアジアの領域は東アジアから西アジアにまで及んでいます。では、なぜアジアを研究するのでしょうか。最近までの過去数世紀の世界の歴史は、「進んだ」西洋と「遅れた」非西洋の非対称な関係を一つの基調としてきました。その結果、非西洋における学問は、西洋生まれの概念や枠組みを受け入れるのみならず、西洋対自己という一対一の関心に縛られる傾向を持っていました。しかし、世界の構造は、いま、大きく変化しつつあります。これからの世界では、相異なる歴史や価値観を背負った多様なアクターの間での多方向的な学び合いがますます重要になります。そのなかで人類は非西洋からも多くを学んでいくでしょう。翻って日本を見るなら、そこには非対称な関係のなかで西洋とアジアの狭間に自己を位置づけようともがいてきた歴史があります。日本にとって、西洋・非西洋という二項対立を乗りこえた学び合いのなかで特にアジアと対話を深めていくことには、より良い自己認識を実現する上でも大きな意義があるといえましょう。アジア研究図書館を舞台に展開するアジアを軸とした研究は、そこに集う世界の研究者の多様な関心と共鳴しながら、アジア研究の枠をこえた新たな相乗効果を生み出していくでしょう。アジアを軸に多彩な人と学問が結びつき、行き交いながら新しい知の空間を開拓していくこと、それがアジア研究図書館の願いです。

研究する図書館
 アジア研究図書館の構築は、新しい知のあり方を模索し、方法融合的な新しいアジア研究の基盤となる試みです。この基盤を構築するためには、良質な研究資源を集約させるとともに、専従の研究者ならびに専門図書館員を擁することが求められます。アジア研究図書館におけるアジア研究には、第一に、アジアに関する文献の総合的な研究があってしかるべきでしょう。文献の内容(テクスト)だけでなく、文献学・書誌学・古文書学、さらに文献を成す紙・印刷・筆記法・製本・造本などについての研究が求められます。また、専門図書館を土台にして形成され、専門図書館を支える人材として「サブジェクト・ライブラリアン(専門図書館員)」あるいは「キュレータ」等の高度専門職の配置・育成を行う必要もあるでしょう。

アジア研究の世界的な拠点を目指して
 アジア研究図書館が世界規模の研究拠点となるためには、東洋文化研究所のアジア研究図書館分館、人文社会系研究科のアジア研究図書館分室(漢籍コーナー)、附属図書館アジア研究図書館上廣倫理財団寄付研究部門(U-PARL)などの連携・協力によって、アジア研究図書館が高度なレファレンス機能を発揮するとともに、研究・発信を進め、内外の同種の研究図書館との間に緊密な協力関係を構築する必要があります。また、アジア研究図書館は、学外ならびに外国人研究者の受入態勢も整備して、新たな研究空間を提供することも企図しています。これらの新たな営みを通じて、唯一無二の図書館を世界の仲間とともに創り上げていこうではありませんか。