【開催中】展示・総合図書館の130年を振り返る 1 創立から震災復興まで

「総合図書館の130年を振り返る 1 創立から震災復興まで」の開催について

総合図書館本館1階に、「展示スペース」が新たに誕生しました。
2020年11月27日からオープンしています。


これまで長きにわたり実施されてきた「新図書館計画」は、2020(令和2)年度で予定していた工事を全て終了します。その一つとして総合図書館本館1階に設けられた展示スペースは、当館が所蔵する多彩な資料や文物を紹介していくエリアです。
初回となる今回は、総合図書館史に関する連続企画の第1回目とし、東大創設から15年後の1892(明治25)年に設立された旧図書館、関東大震災による図書館及び所蔵資料の焼失、その後の各国からの支援や建物再建など、図書館史130年のうち旧図書館創立から震災復興までの道のりを展示しています。

このウェブサイトでは、展示内容の概要や見どころ、デジタルコンテンツをミュージアム風に見られるバーチャル展示をご紹介します。


展示テーマ:総合図書館の130年を振り返る 1 創立から震災復興まで

開催期間:2020年11月27日-(約3か月間)

・総合図書館本館の開館時間中であれば、いつでもご覧いただけます。
・東京大学に在籍していない方(入館証・利用証をお持ちの方を含みます)は現在、東京大学への入構が制限されていますので、総合図書館もご利用いただけません。どうぞご了承ください。

場所:総合図書館本館1階 展示スペース

展示内容


 

プロローグ -旧図書館について-

 

prologue

東京大学が創設された1877(明治10)年、旧幕時代の学校以来受け継がれてきた図書を中心に図書館サービスも開始されました。しかしこのときは独立した建物はなく、図書室が法・理・文の三学部と医学部に散在している状態でした。
独立した図書館が完成するのは、創設から15年後の1892(明治25)年です。


旧図書館

1890(明治23)年から図書館建設工事が開始され、1892(明治25)年8月に旧図書館(ここでは現在の図書館と比較して「旧図書館」と表記します。)が落成します。

旧図書館の設計は文部省建築課、施工は請負人清水満之助(現・清水建設)でした。建物は煉瓦造りで、白い石材による先頭アーチが入り口、窓に配された中期ゴシック様式に基づく木造桟瓦葺との記録が残っています。こうした特徴は法文科大学などのこの時期の学内の建築物に共通していました。
また1907年(明治40年)には、図書の保存スペース確保のため書庫の増設が行われています。

 

展示1_旧図書館
旧図書館(外観・内観)

 


『三四郎』に描かれた旧図書館

夏目漱石の『三四郎』に、旧図書館の様子が描かれています。

 

・・・すると与次郎は、「これからさきは図書館でなくっちゃもの足りない」と言って片町の方へ曲がってしまった。この一言で三四郎ははじめて図書館にはいることを知った。
 その翌日から三四郎は四十時間の講義をほとんど半分に減らしてしまった。そうして図書館にはいった。広く、長く、天井が高く、左右に窓のたくさんある建物であった。書庫は入口しか見えない。こっちの正面からのぞくと奥には、書物がいくらでも備えつけてあるように思われる。立って見ていると、書庫の中から、厚い本を二、三冊かかえて、出口へ来て左へ折れて行く者がある。職員閲覧室へ行く人である。なかには必要の本を書棚からとりおろして、胸いっぱいにひろげて、立ちながら調べている人もある。三四郎はうらやましくなった。奥まで行って二階へ上がって、それから三階へ上がって、本郷より高い所で、生きたものを近づけずに、紙のにおいをかぎながら、――読んでみたい。けれども何を読むかにいたっては、べつにはっきりした考えがない。読んでみなければわからないが、何かあの奥にたくさんありそうに思う。
 三四郎は一年生だから書庫へはいる権利がない。しかたなしに、大きな箱入りの札目録を、こごんで一枚一枚調べてゆくと、いくらめくってもあとから新しい本の名が出てくる。しまいに肩が痛くなった。顔を上げて、中休みに、館内を見回すと、さすがに図書館だけあって静かなものである。・・・

 

夏目漱石『三四郎』より  (青空文庫で公開されているデータを利用しています)
https://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/794_14946.html


関東大震災の発生

1923(大正12)年9月1日の関東大震災により、東京大学も甚大な被害を被りました。
なかでも深刻だったのは図書館の全焼で、旧幕時代から受け継ぎ、築きあげられた所蔵図書が瞬時に灰燼に帰してしまいました。
旧図書館創立当初は約5万冊(うち洋書3万冊)ほどあった所蔵図書が、震災直前には76万冊まで増加していたと言われています。それらの資料が震災により、ほぼ全て焼失してしまいました。


 

焼け残り本

 

震災により全焼した図書館の蔵書ですが、貸出中であったため消失を免れた図書や、かろうじて炎の中から救済された資料が僅かにありました。当館ではそれらを「焼け残り本」とよんでいます。
今回は、震災の炎の影響が生々しく残る「焼け残り本」を展示しています。

総合図書館-焼け残り本
焼け残り本

 


 

内田祥三先生設計資料

 

1924(大正13)年、図書館再建のためジョン・ロックフェラー・ジュニア氏より400万円(現在の約100億円)の寄付の申し出が寄せられました。東京大学は、即座にこの申し出を受諾し、これを財源として新たな図書館を建設していきます。 古在由直総長を委員長とする図書館建築委員会が組織され、姉崎正治館長を欧米に派遣し、設計・設備についての調査が行われました。
また当時、キャンパス構想全体を手がけていた内田祥三氏(東京帝国大学営繕課長事務取扱、後に工学部長、さらに東大総長となる)の設計監督のもと、具体的な新図書館の建設計画が進められます。図書館には内田氏の設計図等が多く残されています。

内田祥三先生設計資料
内田祥三先生設計資料

 

【参考】総合図書館常設展 内田祥三と図書館再建80年(2008年11月開催の展示会サイト)


 

様々な寄贈図書

 

関東大震災での資料全焼の後、復興支援として数多くの資料寄贈がありました。 国外では欧米各国政府をはじめ、大学や出版社、個人からの寄贈がありました。また中国、インド、メキシコ、ロシア、エジプトなど様々な国から約30万冊もの図書が復興支援として贈られたという記録が残っています。 またこの時期は、紀州徳川家の蔵書であった「南葵文庫」や森鴎外の旧蔵書が寄贈され、青洲文庫が購入されるなど、多くの文庫収集が行われています。
このように、総合図書館の蔵書の成り立ちには独特の事情があり、国内はもとより、世界中からの温かい支援の気持ちとともに集まった図書館がその礎になっています。

青洲文庫
青洲文庫より「今様八犬伝」

 


【文庫紹介 その1】南葵文庫のはじまりは、紀州徳川家の当主であった徳川頼倫(1872-1925)が麻布飯倉の自邸敷地で運営していた私設図書館です。紀州の「南紀」と、徳川家家紋の「葵」をかけて命名されました。 1896(明治29)年、欧米漫遊中に諸外国の図書館を視察し、図書館の必要性を痛感した頼倫は、紀州徳川家伝来の2万冊を中心に1902(明治35)年に文庫を設立し、旧紀州藩士の師弟および関係者に開放しました。その後、家蔵本に加え購入・寄贈により蔵書を増やし、新館竣工を機に1908(明治41)年には旧藩関係者に限らず一般にも公開しています。また図書の閲覧だけでなく学術講演会などの文化事業も積極的に行ったとのことです。1920(大正9)年刊行の『南葵文庫概要』によれば、一日平均120 人ほどの利用があったそうです。 関東大震災の一ヵ月後、頼倫は図書館復興のため蔵書の寄贈を決定し、1924(大正13)年7 月に25,330 部96,101 冊の蔵書を寄贈しました。当館1階の記念室には、徳川慶喜の揮毫による「南葵文庫」の扁額があります。

【参考】総合図書館のコレクション一覧 -南葵文庫-


【文庫紹介 その2】青洲文庫は、甲州の素封家である渡邊家の壽(1803-1875)、信(1840-1911)、澤次郎(1870-1911)の三代にわたる旧蔵書約30,000 冊から成るコレクションです。震災復興の一つとして、1924(大正13)年に購入されました。文庫名は信の号である青洲(せいしゅう)によります。 壽は主として和歌・国学関係を、信(青洲)は漢籍・歴史書関係を、澤次郎は浮世草子・洒落本関係を収集していました。北宋古版である『元氏長慶集』、古活字版『文選』など善本が多く、額装の『南瞻部州大日本国正統図』(寛永頃)はわが国最古の刊行単独日本図として唯一現存するものと言われています。 貴重書閲覧室には、伊藤博文と信とが将棋で賭けをして、負けた博文が揮毫したという言い伝えのある「青洲文庫」の扁額が掲げられています。この扁額は、文庫購入時に寄贈されたものです。

【参考】総合図書館のコレクション一覧 -青洲文庫-


【文庫紹介 その3】鴎外文庫は、関東大震災からの復興のため1926(大正15)年1 月に遺族から寄贈された森鷗外(1862 -1922)の旧蔵書です。冊数は約18,800 冊(和書約15,700 冊・洋書約3,100 冊)にのぼり、内容は、哲学、漢文学、国文学、西洋文学(主にドイツ語のもの)、歴史、自然科学、医学、軍事と多岐にわたっています。主な資料としては、江戸時代に出版された地図や古医書、洋書の原本、『渋江抽斎』等の史伝を執筆する過程で収集した参考資料や自筆ノート、自筆写本などが挙げられます。 また、鷗外自身が書入れをした資料も多く見られるのが特徴で、当館では豊富な書誌情報や解題もある「鷗外文庫書入本画像データベース」を2006年から公開しています。

【参考】総合図書館のコレクション一覧 -鴎外文庫-


【参考】総合図書館のコレクション一覧

    総合図書館コレクションへの招待状―世界中から集まった貴重な資料たち―(H26特別展示)

 

 

蔵書印

 

東京大学は設立以来、時代の変遷に応じてその名を変えてきました。それに伴い図書館の名称も変わり、その都度、蔵書に押印するための蔵書印を変更してきました。 これまで図書館で受け入れをしてきた資料には、その時代の蔵書印がしっかりと押印されています。 ただし関東大震災により、蔵書だけでなく当時の事務資料も焼失したため、古い時代の記録が残っていません。そのため各蔵書印の使用期間を厳密に確定することは難しいのですが、確認できた範囲の情報と、昔から引き継がれてきた蔵書印を展示します。

展示1_蔵書印
蔵書印

 

東大レゴ部製作「東京大学総合図書館」

 

展示スペースのオープン記念として、東大レゴ部の皆さんに現在の総合図書館の姿を製作してもらいました。
東大レゴ部の皆さま、ありがとうございました!
東大レゴ部のブログも、あわせて是非ご覧ください。東大レゴ部ブログ「東大総合図書館 制作記」

東大レゴ部作製東京大学総合図書館
東大レゴ部作製「東京大学総合図書館」

 


 

総合図書館バーチャルミュージアム

 

展示スペースにある資料は、所蔵資料のほんの一部に過ぎません。また当館では現在、様々な学術資産等のデジタル公開を進めています。
そこで総合図書館バーチャルミュージアムを作り、デジタル公開されている資料を美術館形式でご覧いただけるようにしました。 以下の手順でアクセスできますので、是非お楽しみください。

【アクセス手順】

  • 総合図書館バーチャルミュージアム」へアクセス
  • 「最初から見る」をクリック
  • 展示会形式でデジタルコンテンツが見られます
  • 画面右下にある「i」マークで詳細ウインドウが開きます。その中にある四角のアイコンをクリックすると、画像全体が表示されます。
    セルフミュージアム利用方法解説図

【セルフミュージアム内容】

 ・明治時代の東大を見る -写真帖『東京帝國大學』から-
   ・絵巻物を比較して見る -百鬼夜行図から-
   ・総合図書館資料アラカルト


【総合図書館バーチャルミュージアムの構築について】

(※カルチュラル・ジャパンでの「セルフミュージアム」サービス提供が終了した場合は、
  当バーチャルミュージアムも停止します、予めご了承ください。)


 

展示スペースについて

来室の際は、新型コロナウイルス感染症対策へのご協力をお願いします

  • 展示スペース内でもマスクを着用してください。
  • 展示スペース内での会話は極力お控えください。
  • 一定の距離を保てるよう、ゆずりあっての鑑賞にご協力ください。

展示スペースを含めた総合図書館の開館状況について


アンケートへのご協力をお願いします


オープンエリアでの展示について

  • 同じく11月27日に開室した「オープンエリア」(総合図書館本館1階)では、「新図書館計画の10年」という展示を行っています。今回の大改修工事の軌跡をパネルや模型などで展示していますので、ぜひそちらにも足をお運びください。
  • オープンエリアは、入館ゲートを通り、左手に進んだところが入口になります。(「記念室」入口の右奥になります。)

展示に関するお問い合わせ先

 

展示スペースアイキャッチ画像