
6.安政江戸地震(1855年)のかわら版
安政2年10月2日夜、江戸でマグニチュード6.9と推定される直下型地震が発生し、直接の震動による倒壊家屋は町方で15,000軒を超え、4,200人以上が亡くなった。当時の随筆からは、余震が1ヶ月以上続いたことが知られる。武家方・町方を合わせた正確な死亡者数は不明だが、江戸幕府は11月2日に七宗十二派に、被害者の法要を命じた。
安政江戸地震後、江戸では数百種類を超える一枚摺り、冊子仕立ての匿名の摺り物、いわゆる「かわら版」が売られた。「かわら版」の語は近代以降に定着したもので、当時は「一枚摺」「読売」などと呼ばれていた。
江戸は火災が頻発した都市で、大きな火災の後には被害状況のあらましを伝えた「
焼場方角附
」が売られた。これは東西南北を記入した略地図に火元や類焼場所を色差しして、略地図の周囲には被害を受けた場所を細かい文字で書き上げたものである。また、過去の江戸大火の発生年を列記した文が入れられることもあり、江戸は大火が頻発する町であることを庶民に意識させ、防火意識を植え付けた。焼場方角附は江戸時代を下るとともに手の込んだものとなり、安政江戸地震の際には、錦絵(浮世絵版画)並みの多色摺りで、町方のみならず武家地の情報を載せたものも出された。
もう一つの安政江戸地震かわら版のパターンは、見立番付・鎖文字(野保台詩()・百人一首・はやり歌など、当時の戯文形式を総動員して、地震後の世相をからかった作品群である。文章は読んで調子の良い漢字かな混じり文で、簡単な絵入りで現在のコママンガ風のものも見られる。
かわら版の制作者は、出版を生業とする者のほか、稚拙な出版技術の素人たちであったと考えられる。江戸幕府は、大事件や世間の噂を出版し、不特定多数の人々に売りさばくことを硬く禁じていたが、災害後の人心の安定に多少役立つと考えたのか、かわら版の出版を半ば黙認していたのである。










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6-1 地震出火後日はなし
博覧堂
45.0×35.0cm (I-05-028)
力士を東西に分け、序列を付けた相撲番付の様式をもちいた「見立番付」で、安政江戸地震後の江戸の流行をからかう事で世相を伝えている。
一段目では、東(右)に「用いるもの」、西(左)に「おあいだ」(流行らないもの)を配置し、大関から前頭までランクをつけてそれぞれを対比している。二段目からは一つのマスごとに、比較やからかい、言葉の連想などを使って「流行のもの/流行らないもの」「得した人やモノ/損した人やモノ」などを伝えているが、現代の我々には既に理解できない事項も多々ある。
安政江戸地震後には見立て番付以外にも、様々な言葉遊びを用いたかわら版が出版され、暗い世相を吹き飛ばすことに一役買ったのであった。
6-2 (江戸大地震大火方角附)世直り細見
52.0×76.0cm (I-05-042)
安政2年10月2日夜の大地震の後、略地図と被害場所を列挙した詞書(文章)により被害状況を伝えた「焼場方角附(」が多数出された。多くは墨一色摺りで紙質が悪く、大きさもさまざまであったが、本作は紙を継ぎ合わせた大型作品で、彫りや摺りも比較的良い。江戸城を中心においた地図の情報量も多く、類焼場所と震動による建物の倒壊場所を色刷りで示している。
右下の枠内の詞書では、武家地の被害が列挙されている。「遠方へ知らせのため」と書かれ、袋付きでもあることから、江戸から地方に向け、地震被害を伝えるためのメディアとしても使われていたのであろう。枠外左部には江戸幕府による回向院での施餓鬼会(11月2日)の情報を載せ、死者を15,300人としている。
[参考文献]
- 宮田登・高田衛監修『鯰絵 震災と日本文化』 里文出版 1995年
- 木下直之・吉見俊哉編『ニュースの誕生 かわら版と新聞錦絵の情報世界』 東京大学総合研究博物館 1999年 (東京大学コレクション 9)
- 北原糸子『地震の社会史 安政大地震と民衆』 講談社 2000年 (講談社学術文庫 1442)
- 原史彦「安政江戸地震における旗本屋敷の被害-旗本青沼家被災史料『大地震出府諸御用留』の分析-」(『東京都江戸東京博物館調査報告書 第10集 関東大震災と安政江戸地震』 東京都江戸東京博物館 2000年)
- 宮崎ふみ子「鯰絵は何を語るのか」(『ドキュメント災害史1703-2003 地震・噴火・津波、そして復興』 国立歴史民俗博物館 2003年)
- 富澤達三『錦絵のちから 幕末の時事的錦絵とかわら版』 文生書院 2004年
(富澤達三)


