まずは附属図書館蔵書数1,000万冊到達をお祝い申し上げます。
私の人生に何らかの形で影響を与えた「1冊」は少なくありませんが、その中で自らのライフワークを決める契機となった本は、本学文学部東洋史学科出身、学習院大学元学長で中国古代史研究者の小倉芳彦先生がお書きになった『春秋左氏伝』(岩波文庫、1988〜1989年)ではないかと思っています。これは全3冊ですので、言葉通りの「1冊」ではありませんが・・
本書は儒教経典でもある同書の現代日本語訳です。右も左も分からない学生時代にこの書に出会いました。当時すでに歴史学に興味を持ち始めてはいたのですが、本書は自分が扱う時代・地域を決める上で恐らく決定的な意味を持ったと思います。
これがどういう本かといいますと、紀元前の中国、今の山東省の一角にあった魯という国の年代記風の著作が『春秋』(その文を経文といいます)であり、その注釈書が『左氏伝(左伝)』(その文を伝文といいます)です。左丘明という人がこの注釈を書いたと伝わるため、そういいますが、現在その伝承は基本的に信用されていません。この経文と伝文が合わさって『春秋左氏伝』になります。これは事件を年代順に記述する編年体のかたちをとっており、書かれている時代は魯の隠公元年である紀元前722年(その前にプロローグ風に、前代の恵公年間の伝文が少しだけあります)から哀公二十七年の前468年(経文は前479(哀公十六)年)までです。経文はその最初の隠公元年からして「元年春、王の正月。」と、いたって簡潔、というより味気ないといった方がよいような文章ですが、伝文は経文を解説するばかりではなく、経文に直接関係しない内容も少なくありません。そして物語風に記述する部分が多く、魯の年代記の解説をうたう割にはそれ以外の国の話がたくさんあり、読み物としてもそれ相応に楽しいものになっています。しかしながら、伝文が経文の順序通りに対応しているために、一つのお話になってもよいはずの文章がぶつ切りになり、あちこち年代が飛んで配列されています。返り点どころか句読点もない白文の原書では、なかなか話の流れがつかみにくいのですが(そういうわけで、後には話のまとまりごとに整理した本も作られています)、小倉訳では経文・伝文に対応する記号が振ってあり、その他に地図や系図なども付されていて、こなれた現代日本語であるという点以外でも読者にかなり親切な構成です。
記号が付されているとはいっても、話が飛び飛びになることに変わりはなく、読み進めていると、頭がカオスな感じになり、ある意味、複雑な紀元前の社会を追体験している錯覚にとらわれました。例えば、晋の文公という春秋五覇の一人がいますが、彼については約40年間にわたって断続的に記事が書かれています。その中にはこの君主とは直接関係のない、魯国やそれ以外の諸国で起きたことの記録が挟まります。そうした文章の中には後に文公と関わってくる人物や事件が現れることもあります。これらが一体となって、晋の文公が活動した時期を表現しているかに見えます。当時の私は、こういう内容をもつ本書の内容を追いかけながら、よく訳が分からないけれどもここに書かれている時代は何だかとても面白そうだと受け止めたように思います。そうした本書の特色と背景は巻末の解説である程度説明されていますが、その中に本書の成立年代・地域を解く鍵があり、それが小倉先生を始めとする日本国内外の研究者によって盛んに議論されていることを私がそれなりに理解して勉強しはじめるのは、もうしばらく後のことです。
また本書は「食指が動く」「牛耳を執る」などといった故事成語の宝庫ですが、これは人類の智恵の集積ということでもあります。本書の儒教経典としての側面に重きが置かれていた時代もありましたが、世の中が変わったからといって本書のような古典の価値が減ることはありません。今日の出来事を眺めていると、ふと本書に記されている事件を思い起こすことがあります。たとえば、魯の昭公が臣下の季平子と対立して魯国から出奔した事件では、国家間や国家内部における利害関係など諸事情のために、本来なされるべきこと(=昭公の帰国)がなかなか行われない、という展開をたどります。そこから我々が今日の国際情勢を想起することはさほど困難ではないでしょう。もっとも、伝文にはこれら登場人物をある意味突き放したような描き方をする傾向がありますので、状況次第で臣下が君主を追放しても構わない、あるいはそうなる君主は自業自得、という読み方もできます。それはそれで読者には現在の別のありさまが思い浮かぶかもしれません。
これは今の学生のみなさんにも是非一読していただきたい書物だと思っています。