1年生で所属していたのは理2のロシア語クラスであったが、この小さい集団は、駒場祭で演劇をやることを決意した。ロシア語クラスなので人数は少なく、演技の経験がある者も、裏方をやったことがある者もほとんどいない。主役をやるという男子学生が、相手役をやってくれるというほかの大学の女子学生を連れて来て、彼女がさらにもう一人同じ大学の女子学生を誘って、最後にはクラスからも端役ならばやってもよいという者が名乗り出たので、登場人物の少ないものならばなんとか成立しそうな状況にはなった。できそうなものを選ばなければならないが、そこでたどり着いたのが、駒場キャンパスにあった図書館の、戯曲の並ぶ一角であった。
戯曲を読むという経験はあり、いくつかの作品から適当に切り出して高校の文化祭で見世物にしたこともあったが、今回はもう少し関わる人間も多いので、責任は大きい。役者はもちろん、裏方に割ける人数も多くはなく、予算や労力の制約もあるために、大道具小道具や照明にあまり凝るわけにもいかない。手ごろなものはないかと思っていきあたったのが『イヨネスコ戯曲全集』であった。
イヨネスコは名前を知っている程度であったが、たまたま図書館で最初に目についたのが彼の全集だったので、それを手に取り、しかし結局ほとんどすべてを読んでしまうことになった。読んで面白いということもあったが、実際に自分たちで制作すると思うと、「禿の女歌手」や「二人で狂う」など、ああここでどっと笑いが出るんだなといった想像が勝手に膨らんで来る。長さや登場人物からいって適当だったのは「授業」、何とかできるかもしれないと思ったのは「椅子」であった。最終的に決定するまでに、全集を何度か読み返して、妥当なところは「授業」かなという結論になった。
実際に演ずることになったのは、別役実の「あーぶくたった、にぃたった」であって、これは1年生が探せる範囲では大学の図書館にはなく、住んでいた街の公立図書館で見つけた。「授業」に問題があったというわけではなく、たまたま角野卓造が男1を演じた「あーぶくたった、にぃたった」をテレビで見たのが印象に残ったのである。重要な役割を果たす電信柱をどうするかが問題だったが、体を使って電信柱を調達してくるのではなく、頭を使ってどうにか解決した。いきあたりばったりの選択ではあったが、理系の1年生が思いつきで演劇をやろうとするとそういうことになるものなのかもしれない。クラスで手分けして金屏風を作ったり、八幡山にあった照明専門の会社の人に相談して「昔やった村芝居みたいなものを想像すればいいのかな」などと言われたりしながら、なんとか、2日間であったか3日間であったか、1日1回の公演を行った。
イヨネスコの「授業」は、教授役を仲谷昇や中村伸郎が演じたものが有名で、たまたまそちらを見ていたら「授業」が選ばれていたかもしれない。そのころ出かけた、国立市のどこかでやっていた小さな講演会では、中村伸郎さんは19世紀の演技をするいまとなってはただ一人の役者さんなので、お元気なうちに見ておいてくださいと、別役実が語っていた。のちに井の頭線沿線に住むようになると、自転車に乗った別役実もたびたび見かけることになったが、そのころにはもう、駒場祭で演劇をやったことも、ほとんど思い出さなくなっていた。
結局演目には選ばなかったが、それでも、イヨネスコの全集を読んだ経験は、その後の私の人生に大きな影響を及ぼすことになり、図書館での出会いは忘れられないものとなった――とでも書ければよいのだが、イヨネスコどころか、別役実も、あるいは演劇自体も、大学1年生の春から秋にかけて出会ったきりであり、その後進んだ学科も、専門に選んだ研究分野も、こういうことには何のかかわりもない。それでもこの経験から学んだことはある。まず、書店などにたくさん置いてある小説の類はもちろん、別役実の戯曲のようなものでも、大学図書館は所蔵しておらず、そういうものを読みたければ相変わらず街の図書館に行くほかはないということを知った。しかし、大学の図書館には街の図書館にはない本が揃っていて、困ったときには行ってみれば何か解決策が見つかる、窮したらまずは誰かの全集を読んでみれば手がかりがあるということも体得した。いや、街の図書館であってもイヨネスコの所蔵はあるのだが、運よく目につくところに置いてあるとは限らず、目録で探し当てた末に頼んで書庫から出してもらう場合が多いのではないかと思う。この点では、開架に全集の類が贅沢に並べられている大学の図書館は、漠然たる必要に駆られた人々にとって、貴重な救済の場であると言える。
後になっても、こうした漠然たる必要に迫られる経験はなんどもあったが、そのたびに図書館に救われることになった。これと思った全集を全部読んでみる、読まないまでも目次を追ってみるという作業も、余裕があればいまでも無意識のうちに行っている。もっとも、「漠然たる必要」とはいっても、理系の小さなクラスで演劇をやるなどというのは、勝手な思い付きから現れた、付き合わされた人々の迷惑も顧みない「必要」である(資金稼ぎに企画したロシア料理の屋台は無残にも大赤字を出した)。この種の「漠然たる必要」を、多々勝手に作り出す人間というのはときどき見かけるが、世の中にはそういう人間がいて、彼らがもっている、ややはた迷惑な、先の見えない情熱のようなものに、何であれ形を与えてしまうという不思議な、あるいは厄介な力が、大学図書館には備わっているというのも、今になって思えば、1年生のうちに知った大切なことであったかもしれない。