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私が選ぶ1/1000万冊

防災の現場につながる人類学の知識

本田 利器

柏図書館長
大学院新領域創成科学研究科 国際協力学専攻 教授


 東京大学附属図書館の蔵書1,000万冊達成おめでとうございます。学生時代には、背伸びをしてちゃんと理解できないような本にも手を出していましたが、そういう機会を得られたのは膨大な蔵書を有する図書館のおかげだと思います。背伸びをする際に、専門家の方が平易に説明してくださる本にはたいへん助けられました。

 社会人(研究者)になってからは専門書を読めるようになった..と言いたいところですが、たとえば、災害について学ぶ際には、専門に近い理学的・工学的な知見だけではなく、それが社会でどのように活かされるのかというような面にも興味がわきます。また、そのような知見を学生と共有する際などにも、平易に説明していただいている本は有用です。

 そのような本の一冊のなかに、『生き方の人類学 実践とは何か』(田辺繁治著.講談社現代新書)があります。同じ著者による専門書『「生」の人類学』(岩波書店)もわかりやすく書かれていますが、その内容を平易に説明していただいた新書です。

 ウィトゲンシュタインやブルデューといった難解な理論の紹介からはじまり、それを実際のコミュニティでの観察にどう結びつけられるかを、タイのエイズの自助グループなどの具体的な事例を挙げて説明し、ウェンガーらの実践コミュニティの理論につなげていきます。

 大災害に備えようと努力しているコミュニティで、防災文化がどう定着するのか、何をどのように観察し、分析することができるのか、というぼんやりとした問題意識に、「実践知」という知的なヒントを与えていただきました.それは、専門の異なる研究者との議論にもつながりました。

 私の所属する新領域創成科学研究科国際協力学専攻の学生にはフィールドワークに関心を持つ人が多く、人類学の知見は有用ですが、それを専門的に扱う人はわずかです。最近の学生は忙しく、研究の中心的テーマではないことを学ぶ時間も限られているようですが、このような本を通して、いまいちど自分のテーマを考える機会を得られればと思います。そして、そういう場としてやはり図書館は大事ですね。

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