東大出版会×新図書館ブックトーク 阿部公彦准教授 (学内限定イベント)
東京大学附属図書館では、現在進行中の新図書館計画の一事業としてトークイベントを開催しています。今回は、東京⼤学出版会との共催により、阿部公彦准教授(⽂学部・⼤学院⼈⽂社会系研究科 英語英⽶⽂学研究室)をお迎えして、ブックトークを開催いたしました。
学術書を出版することについて、「本を書く人」のお話を聞くだけでなく、 「本を作る人」にお話いただき、 学術情報の発信の実際をより深くお聞きする、 新たな試みとなりました。
Speakers
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阿部 公彦 Masahiko Abe
1966年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科・文学部准教授。英米文学、とくに詩。日本文学の評論や創作も行う。学術書に『モダンの近似値』、『文学を〈凝視する〉』(サントリー学芸賞受賞)など。啓蒙書に『英詩のわかり方』、『詩的思考のめざめ』、『幼さという戦略 ― 「かわいい」と成熟の物語作法』など。翻訳に『フランク・オコナー短篇集』、バーナード・マラマッド『魔法の樽 他十二篇』など。小暮 明 Akira Kogure
1971年生まれ。東京大学出版会編集局勤務。人文学への関心のもと、哲学・文学・言語学の分野を中心に書籍編集に携わる。近年はジェロントロジー・看護学・情報工学などの社会的課題の解決をめざす分野も手掛ける。担当した書籍は和辻哲郎文化賞、大川出版賞、比較文学会賞などを受賞。
*プロフィールはイベント時点のものです。
イベントレポート
最初の本を出版する (動画4:15頃より)
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まずは、これまで出版された本や、それを出された出版社を振り返っていくということで、「初めて本を出す」ということが話題になりました。
阿部准教授:大体最初に出す本というのは、それまでその人が書きためてきたものであることが多いです。昨今の事情で言うと一番多いのは博士論文ですね。
小暮氏:阿部先生も初めて出されたのは博士論文ですか?
阿部准教授:僕の場合は、3分の1ほどが博士論文です。
博士論文を出版するということに関連して、阿部准教授がイギリスに留学されていた際に複数の出版社に出版の打診をしていたお話に移りました。
阿部准教授:イギリスでは、博士論文を出版するために、ということをまとめた本がたくさん出ています。その本に従って、まず、論文の概要をまとめたものと、自信のある論文のチャプターをあちこちの出版社に送りました。全部からいい返事が返ってきたらどうしよう、ということを心配しなくとも、次々とリジェクションが来ました。
出版社のうち1社と、実際に出版をしよう、というお話はまとまり始めていたそうですが、諸般の事情により、そのお話は立ち消えとなり、日本で初めての出版をする、という運びになったそうです。
本を作るということ (動画19:35頃より)
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続いて、本そのものを作る、ということが話題に上りました。本の装丁やデザインの決定のお話です。
阿部准教授:装丁をしてくださる方は、大体2つか3つ案を提示してきます。それで、「どれにしますか?」と聞いてきます。でも、装丁家の心の中では、「こっちが本命」というのは決まっているんです。
小暮氏:東大出版会でも装丁をお願いしているデザイナーの方がいらっしゃるのですが、やはり3つ案を出してきますね。自信があるものと、ダミーを2つ。やはり、ダミーは何となくそうだと分かりますね。
また、本の後ろにつける索引のお話も出ました。索引は、研究の際にはその書籍が自分の論文に引用できそうかを判断する材料となり、著者にとっては、索引のページ数が間違っている出版社は信用できない、という目安になるなど、重要な部分なのだそうです。
阿部准教授:編集者の方って、索引を作るのがお好きですよね。
小暮氏:いや、私はそうでも…
阿部准教授:そうなんですか。私がお話を聞いた方だと好きな方が結構いらっしゃったんですが。あ、だからいつも索引を付けないんですね。
小暮氏:いえいえ、そういうわけではなく。本の性格に合わせて、付けたり付けなかったりするのです。(苦笑しながら)
テーマに沿って本を書くということ (動画30:25頃より)
- これまでの阿部准教授の出版の遍歴を辿っていくうちに、かつて雑誌連載で出された本のこと、また雑誌で連載をするということにも触れられました。昨今は、雑誌の売り上げが芳しくなく、雑誌で読んでもらうことではなく、後に書籍としてまとめるためだけに、連載がされることもあるそうです。また、雑誌によって読者層や、雑誌全体の雰囲気が違うので、書く内容もそれに合わせて変えるとのお話でした。さらに言えば、本にしてもらえる連載かどうかも、雑誌によって違うそうです。
編集者の方々の持つ、こんな特殊能力(?)のお話も出ました。
阿部准教授:小暮さん達のような編集者の方々は、本を持った時の重量と、値段と、ページ数を見ただけで、その本が何部刷られたかをシャーロックホームズのように当てることができるんだそうです。
小暮氏:本のジャンルと、テーマと、書き手と、ページ数と、大きさで大体分かりますね。部数が増えれば増えるほど定価が下がりますので、定価からも部数が分かるのです。
阿部准教授:小暮さんは言うか迷っておられましたが、書き手も定価に関わってきます。定価が1000円台や、1000円以下の本の書き手は、相当の売れっ子です。
編集者と著者との関係性 (動画46:30頃から)
- 阿部准教授の出版遍歴はいよいよ東京大学出版会にさしかかり、編集者と著者、どちらから相手に出版の話を持ち掛けるのか、というお話になりました。どちらから声をかけることもあり、恋愛における告白のようなものですよね、と仰る阿部准教授。ちなみに、東京大学出版会では阿部准教授の担当を小暮氏がされていますが、小暮氏が阿部准教授にお手紙で、本を出してみませんか、というオファーをされたのだそうです。
阿部准教授の近著『善意と悪意の英文学史』を出される際、基本的に自由に書いていただいて、最後に少し絞ったという小暮氏。
小暮氏:私は著者に自由に書いていただいた方が良いと思っています。本人に自由に書いていただいた方が、面白い本ができるのかなと。編集者が著者にああしろ、こうしろと言ってしまうと、熱意や、パッションのようなものが失われてしまい、それは本にとって良くないことだと思います。定価や部数のことなどもあるので、ある程度外枠は決めますが、基本的には自由に書いていただきます。
編集者と著者の間でやり取りをする際、気を付けることについても、お話をされるお2人。
小暮氏:本の内容に関わるような大事な話はメールや手紙を使ってなどではなく、直接お会いした時にしか言いません。こちらが言ったことを、誤解して受け取られる恐れがあります。
阿部准教授:メールだと倍くらいの印象に思えますよね。
小暮氏:そうですね。間違って受け取られないためにも、大切なことは対面で伝えるようにしています。
本にタイトルを付けることについて (動画1:03:55頃より)
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お話のテーマは、これまで出された本の遍歴から、タイトルを付けることの難しさに移ります。「最後にタイトルを付けようとすると、非常に苦労する」と仰る阿部准教授。2009年に企画が立ち上がり、2011年夏には書き上がっていた東大出版会刊行『小説的思考のススメ』は、書き上がってからタイトルを付けようとしたため、非常に苦労されたそうです。
阿部准教授:アダムとイブのように、土から作ったようなものでした。何もないところに作ったので、非常に苦労しました。最初は「文学のフルコース」などという似ても似つかないタイトルでした。その後も、「わかりたいあなたのための現代小説入門」……。こんなの絶対売れないですね。「小説的誘惑」とか、「小説を愛撫する」とか……これは小暮さんが考えたんでしたっけ?
小暮氏:いえいえ、阿部先生です。
11月になっても、タイトル決めは難航します。
阿部准教授:「小説は一種の化学反応です」「あなたはほんとうに小説を読んでいますか」「やっと小説が見えてきた」……。
小暮氏:迷走している感じがありますね。
阿部准教授:考えれば考えるほど、グダグダになっていく感じがありました。
『小説的思考のススメ』は2012年3月刊行ですが、実は2月になっても苦戦されていたそうです。
阿部准教授:いよいよ2月です。この辺は小暮さんの顔も硬直していましたよね。
小暮氏:もう2月なので装丁のデザインを決めないといけません。書名が決まらないと刊行が遅れますよ、という段階でした。
阿部准教授:そのいらいらがタイトルのエクスクラメーションマークに表れていますね。「小説のことが意外にわかっていませんでした!」「小説の読み方あんがいわかっていませんでした!」……。
最後は大江健三郎氏の言葉から借用して納得のいくタイトルに。「大江健三郎氏はタイトル付けの天才」と、大江氏のタイトルの中から阿部准教授が気に入ったものを紹介する場面もありました。
最後に質疑応答の時間が設けられてその時間も盛り上がり、時間の延長もされるほど盛り上がった雰囲気の中、ブックトークは幕を閉じました。
■今回取り上げた図書
『善意と悪意の英文学史―語り手は読者をどのように愛してきたか』(東京大学出版会、2015) | 『小説的思考のススメ―「気になる部分」だらけの日本文学』、(東京大学出版会、2012) | 『幼さという戦略―「かわいい」と成熟の物語作法』(朝日選書、2015) |
イベント概要
概要 |
東大出版会×新図書館ブックトーク 阿部公彦准教授 東京大学附属図書館では、現在進行中の新図書館計画の一事業としてトークイベントを開催しています。今回は、東京⼤学出版会との共催により、阿部公彦准教授(⽂学部・⼤学院⼈⽂社会系研究科 英語英⽶⽂学研究室)をお迎えして、ブックトークを開催しました。 学術・研究の成果は、図書や論文でかたちになって世界に発信されることで、その価値を認められます。 東京大学出版会は1951年の設立以来、東京大学の学術成果を書籍にして刊行し、東京大学にとって重要なパートナーとなっています。このたび附属図書館で は、東京大学出版会との共催により、最近東京大学出版会から学術書を刊行した研究者を招いて、ブックトークを開催することとなりました。 自著のテーマや研究の背景、執筆の過程などを自ら語っていただくことで、特に学生の皆さんに、書籍出版の実際を身近なものとして理解していただきたいと考え、講師と距離の近い比較的少人数の会場での開催となりました。 *ポスターPDF版はこちらからダウンロードできます。 |
開催日時 | 2016年9月29日(木) 18:00~19:30 |
講師 | ・阿部公彦准教授(文学部・大学院人文社会系研究科 英語英米文学研究室) ・小暮明氏(東京大学出版会(担当編集者)) |
会場 | 東京大学本郷キャンパス総合図書館1階ミニレクチャールーム |
来場者 | 21名(東京大学構成員限定開催) |
twitter |
https://twitter.com/UTokyoNewLib |
主催: 東京大学出版会、東京大学附属図書館
開催日 | 2016/09/29 |
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終了日 | 2016/09/29 |