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3.動物

  遠く海外から到来する動物というのは、古今東西、常に人々の関心の的となってきた。  江戸時代には、それまでの日本人が見たこともないような様々な動物が、オランダ船や清船によって次々にもたらされた。本草学者たちはその動物たちに大きな刺激を受け、それが日本独自の博物学が開花する要因の一つともなった。また、民衆の間では珍獣奇鳥の見世物が全国各地で行われ、多大な人気を博した。殊に江戸の人々の人気を集めたのは、享保の象と文政のラクダであった。
 享保13年(1728)6月13日、将軍徳川吉宗の命により、雌雄2頭の象がベトナムから長崎へ入港した。雌象は9月に死に、翌享保14年(1729)3月、雄象のみが陸路を長崎から江戸へ向かった。象の来日はこの時が5回目であったが、広く庶民が象を見たのはこれが初めてだった。町には象の瓦版が出回り、象の絵やおもちゃを売るものも多くいたと伝えられている。この時期、象を主題にした刊本も次々と出版された。  文政4年(1821)7月、オランダ船がヒトコブラクダの雌雄2頭を舶載した。将軍家に献上する目的で連れてこられたラクダであったが、幕府から不要とされたため、しばらくそのまま出島で飼育されていた。文政6年(1823)2月、通詞に贈呈する形でラクダはオランダ側から日本側へ引き渡され、紆余曲折を経て、ついには興行師の手に渡ったのである。このラクダは10年以上、全国津々浦々で見世物となった。この見世物の記事が各種随筆類に見られるほか、象と同様に、ラクダを主題とする解説書もいくつかこの時期に書かれている。
 江戸時代に到来した珍獣としては他に、ヤマアラシ・オランウータン・ジャコウネコ・ジャワマメジカ・ハクビシンなどがいる。
 生きた動物だけでなく、舶来の書籍の知識と図画もまた、蘭学者や本草学者、画家たちに大きな影響を与えた。ヨンストン著『動物図譜』(Johannes Jonstonus, Historiae naturalis)、ドドネウス著『草木譜』(Rembert Dodoens, Cruydt‐boeck)などは、西洋博物学の代表的著作と見なされ、一枚ものの掛け軸から随筆の挿画まで、盛んにその図画の転写が行われた。
 江戸時代以前から日本人にとってなじみ深く、しばしばその姿が描かれてきた動物が馬である。武士にとって馬は刀剣甲冑と並ぶ大切な武具の一つであり、多くの名馬の話が書き継がれてきた。また、馬を主題にした著作の中には、飼育という観点に立ったものも多くある。馬医の歴史も古く、鎌倉時代の『馬医草紙』が日本最初の獣医書であると言われる。
 本草学という学問が日本に輸入されて以来、本草学者たちにとっては、中国の本草書に見える「名」が目の前の「物」のどれに比定できるのかということが、常に重要な課題としてあった。北海道やその北のサハリンなどからアイヌ語の名称の物品が江戸へ入ってくるようになると、「名」と「物」の対照はますます複雑さを増した。これらの成果を記した本草書には、AがBであることの説明やその典拠だけでなく、AがBであると確信した時の喜びも併せて書かれており、当時の本草学者たちの日常のあり方をうかがい知ることができる。


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クリックで拡大・象志 3-1 象志(ぞうし)
享保14[1729]刊 大坂等 安井嘉兵衛等  1冊 【書庫T86:111】 [田中芳男文庫]


 享保13年(1728)に象が長崎に渡来したことを契機として作られた本で、象に関することを一冊にした単行本の始まりである。内容としては、象の形態・習性・故事来歴・説話などが集められている。
 一般にこの書の著者は不明となっているが、末尾に「京師本國寺塔頭智善院撰」の付刻を持つ版があること、仏典の中の普賢菩薩と白象に注目した記述が見られることなどから、京都の仏僧が書いたものだとする説もある。

クリックで拡大・象のみつき 3-2 象のみつき(ぞうのみつぎ)
中村平五撰・画 享保14[1729]刊 大坂等 安井嘉兵衛等 1冊 【書庫T86:176】 [田中芳男文庫]


 中村平五(1671-1741)は京都の人で、山崎闇斎(1618/19-1682)の学を学んだ儒者である。
 本書も『象志』と同様、様々な文献から象に関する記述が引用されているが、子どもでも理解しやすいよう、平仮名まじりで平易な表現を用いて書かれていることを特徴とする。冒頭、享保13年(1728)渡来の象について書かれているが、象の母子の別れ話に「日本は神国」という表現が登場するなど、著者による創作的な記述も見られる。

クリックで拡大・タク駝考 3-3 橐駝考(たくだこう)
它山唐公愷稿 安西武臣虎吉校  文政7[1824]序刊 江戸 和泉屋金右衛門 1冊 【書庫T86:120】 [田中芳男文庫]


 堤它山(1783-1849)は江戸時代後期の儒者で、文政4年(1821)に渡来したラクダに触発されて、本書を出版した。江戸の文人・山崎美成(1796-1856)が校閲をし、序文を寄せている。巻頭のラクダの絵は、書家の関思亮(1796-1830)による。文字はオランダ通詞の吉雄忠次郎(1787-1833)が書いたもので、〝Kameel pleister Zonder Weerga.〟(天下無比のラクダの石膏)とある。

クリックで拡大・たく駝纂説 3-4 橐駝纂説(たくださんせつ)
松本胤親輯 写本 1冊 【書庫T86:119】 [田中芳男文庫]


 松本胤親(?-1841)は江戸時代後期の武士で、蘭学に通じ、渡辺崋山(1793-1841)などとも親交があった。
 『[タク]駝考』と同じく、文政4年(1821)にラクダが来日したことを契機として著されたものだが、成立年は不明。日本・中国・オランダの諸書からラクダについての記事を引用し、まとめている。巻頭に諸書のラクダの絵の転写が集めてある。「文政四年六月和蘭人献此」と題された絵は、『橐駝考』の口絵と構図が全く同じであるが、どちらかがどちらかの転写であるか、あるいは両者が参照した第三の絵があるのかについてはわかっていない。

クリックで拡大・雲錦随筆 3-5 雲錦随筆 4巻(うんきんずいひつ)
暁晴翁著 [松川半山画] [明治] 刊本 大坂忠雅堂 1冊 【書庫A90:453】


 著者の暁晴翁(1793-1861)は大坂の人で、暁鐘成の狂名で知られる。はじめ狂歌、のち戯作、雑書を編述し、画にも巧みだった。還暦を迎えた年に、鐘成の号を門人に譲り、晴翁と名乗った。同時に著作活動においては、ほぼ文筆業に専念し、挿画の一切を友人の浮世絵師・松川半山(1818-1882)に委ねた。本書の挿画も半山による。
 晴翁は、文政4年(1821)に渡来したラクダが同5年(1822)に大坂で見世物となった際に見物している。「駱駝之図」と題した左にあるのは当時流行した狂歌で、「首は鶴 背中は亀に 似たりけり 千歳らくだ 万ざいらくだ」とある。絵の左上の漢詩は、中国の宋代の詩人・梅尭臣(1002-1060)の「[タク]駝」という詩である。

クリックで拡大・蒹葭堂雑録 3-6 蒹葭堂雑録 5巻(けんかどうざつろく)
[木村蒹葭堂稿] 暁晴翁撰 松川半山画 安政6[1859]刊 江戸 3冊  【書庫 鴎A90:299】 [鴎外文庫]


 本書は木村蒹葭堂(1736-1802)の死後、4代目蒹葭堂主人の依頼で暁晴翁が遺稿をまとめた随筆集である。挿画は『雲錦随筆』と同じく松川半山による。
 木村蒹葭堂は大坂で造り酒屋を営むかたわら、本草学に傾倒した町人である。書斎の名である蒹葭堂を号としても用いた。その書斎に集められた博物奇品および書籍のコレクションは有名で、浪華に来て蒹葭堂を訪れない本草家・文化人はいないとまで言われたほどであった。
 描かれたヤマアラシは、安永元年(1772)に薩摩藩が2匹購入したうちの一匹である。安永2年(1773)に大坂で見世物となっていたものを蒹葭堂が見物し、その際の見聞を記した。残るもう1匹は薩摩藩から田沼意次(1719-1788)に献上され、のち幕府から田村藍水(1718-1776)に下賜されている。

クリックで拡大・蘭エン摘芳 3-7 蘭畹摘芳 3巻(らんえんてきほう)
[大槻]磐水先生訳定 [大槻]玄幹、山村才輔校 吉川良祐[ほか]筆録 文化14[1817]刊 江戸 須原屋茂兵衛等 1冊  【書庫A90:898】 [田中芳男文庫]


 蘭学者の大槻玄沢(磐水、1757-1827)による、西洋の薬品や図書などの質問に対する回答、および翻訳と解説を、門下生らが40年にわたって書き留めていた。この筆録は当初「帳中の秘」とされていたが、強い出版の要望があり、玄沢が手を入れた上で刊行に至った。それが本書である。玄沢は蘭学に通じた医者として、『解体新書』の重訂などにも携わっている。
 本書「阿郎惡烏當(オランオウタン)」の項目には、蘭書からの引用の他に、寛政4年(1792)および同12年(1800)渡来のオランウータンについての記述があるが、「阿郎烏烏當寫眞図」は寛政12年に長崎にやってきた個体を描いたもので、絵を描いたのは長崎の画家・荒木如元(1765-1824)である。

クリックで拡大・紅毛雑話 3-8 紅毛雑話 5巻(こうもうざつわ)
森島中良編輯 天明7[1787]序跋 大坂 塩屋喜助 寛政8[1796]印 5冊  【書庫J70:117】


 著者の森島中良(1754-1808)は江戸時代中期の蘭学者で、森羅万象の名で戯作者としても知られる。本書は、幕府医官であった兄の桂川国瑞(1751/54-1809)が来日していたオランダ人から聞いた話や、蘭学者の集まりで交わされた会話を基に記された随筆集で、当時の蘭学者たちの日常的な話題が集められている。
 獅子の絵は、本物のライオンを見て描かれたのではなく、江戸の洋画家・馬孟煕(北山寒巌、 1767-1801)による、ヨンストン著『動物図譜』所載の挿絵の模刻である。

クリックで拡大・古今名馬図彙 3-9 古今名馬図彙 3巻(ここんめいばずい)
栗原信充(柳庵)編・画 刊本 金花堂蔵版 題箋書名は古今名馬図絵 3冊  【書庫T86:168】 [南葵文庫]


 編者の栗原信充(1794-1870)は、江戸後期の故実家。屋代弘賢(ひろかた)に有職故実をまなび、弘賢の『古今要覧稿』の編集をたすけ、また『武器袖鏡』『刀剣図考』など武家故実に関する著作も多い。勤皇思想及び当時の武士階級の惰弱を憂慮し古武士道を鼓吹した。
 本書は、日本及び中国の古今の名馬について簡単な説明を付記した色刷画27点よりなっている。巻二第十丁で「厩猿」で猿が描かれているが、猿は馬の守り神である。

クリックで拡大・華陽皮相 3-10 華陽皮相 2巻(かようひそう) 華陽皮相原稿 2巻(かようひそうげんこう)
平沢旭山著 江都[江戸] 寛政元[1789]刊華陽皮相は2冊、華陽皮相原稿は1冊  【書庫T86:112】 [田中芳男文庫]


 平沢旭山(きょくざん)は山城国宇治出身の漢学者。本書は馬の毛色を和文で説明したもの。色刷画35点を入れる。『華陽皮相原稿』は漢文で、和文に対応する。これには画がない。

クリックで拡大・厩馬新論 3-11 厩馬新論(きゅうばしんろん)
龍山堂主人著 拓善居 嘉永7[1854] 1冊 【書庫XA60:42】 [南葵文庫]


 著者の経歴は不詳。本書は少ない経費で馬を飼う方法について、厩の建て方や飼料の与え方などについて書かれている。一方、馬の飼養管理及び疾病の診断要領の概要が記述されており、徳川時代における漢方獣医学を知るための文献でもある。なお、掲載している図版には、牧場で野馬を採る様子が描かれている。

クリックで拡大・北蝦夷圖説 3-12 北蝦夷圖説 4巻(きたえぞずせつ)
間宮倫宗口述 秦貞廉編 橋本玉蘭齋、重探齋画 安政2[1855]刊 江戸 播磨屋勝五郎 1冊 【書庫J30:881】 [南葵文庫]


 本書は、探検家として有名な間宮林蔵(倫宗、1775-1844)の、樺太探検の記録である。別名に『銅柱餘録』ともいう。北蝦夷とは、蝦夷島(北海道)の北の樺太(サハリン島)を指す。北海道にはいないが、樺太にいた動物として、「トナカイ」と「リキンカモイ」の二種を挙げている。

クリックで拡大・ショウ説 3-13 麞説(しょうせつ)
栗本瑞見著 文政3[1819]跋 自筆本 1冊【貴重書A00:5841】 [田中芳男文庫]



 本草学者・栗本丹洲(瑞見、1756-1834)の自筆本で、森立之(1807-1885)の自筆奥書によれば、丹洲の孫の大淵棟庵(1816-1889)から、明治9年(1876)に立之に贈られたもの。
 北蝦夷地からもたらされた「リコンカムイ」が、中国の本草書などに見える「麞」と同一の動物であると論じている。

クリックで拡大・ショウ麝考 3-14 麞麝考 6巻(しょうじゃこう)
大淵常範纂 文久元[1861]凡例 刊本  資寿堂蔵版 2冊 【書庫T86:139】  [田中芳男文庫]


 大淵棟庵(常範、1816-1889)は江戸後期から明治時代の医師で本草家。博物学を祖父の栗本丹洲に学んだ。
 本書は、「麞」(ノロジカ)と「麝」(ジャコウジカ)を「一類二種」とし、それぞれについて、多くの中国・日本の書籍から関連する図画や記述を転載し、まとめている。嘉永5年(1852)に蝦夷移住を命ぜられた栗本匏庵(1822-1897)の見聞に基づき、中国および日本の諸書を渉猟して検討を加えた結果、「利玖牟加毛以」は「麞」であると確信したことが、本書を著す大きな要因となった。

クリックで拡大・動物学 初篇 哺乳類 3-15 動物学 初篇 哺乳類 (どうぶつがく しょへん ほにゅうるい)
[ブロムメ著] 田中芳男訳纂 久保弘道校訂中島仰山図画 明治7[1874] 博物館蔵版 2冊 【書庫T86:98】 [田中芳男文庫]


 訳者田中芳男(1838-1916)は、国立博物館及びその付属施設としての上野動物園の設立に尽力した。
 本書は、ドイツ人ブロムメの博物図説から動物の部のみを抄訳したもの。系統的な構成で、各類の通説を載せている。この書に用いられた分類はキュビエ(Georges Cuvier, 1769-1832)が規定したものに拠っているが、動植物の分類での「科」や「爬虫類」という語は、本書で初めて用いられたといわれる。計205の色彩画で動物が描かれ、行動、形状、産地等を簡略に記述している。

クリックで拡大・動物訓蒙 哺乳類 初編 3-16 動物訓蒙 哺乳類 初編 (どうぶつくんもう ほにゅうるい しょへん)
田中芳男選 久保弘道校 中島仰山画 明治8[1875] 博物館蔵版 1冊 【書庫T86:96】[田中芳男文庫]


 本書は、中島仰山の筆になる総計82図の色彩画とともに、80種の動物の形状、行動、産地、効用等を説明している。動物の種類は内外産にわたっている。田中は序文で、動物学の理解を深めるために、上記「動物学」との併読を勧めている。

参考文献(3.動物)

・梶島孝雄著『資料日本動物史』八坂書房 1997
・山田慶兒編『物のイメージ : 本草と博物学への招待』朝日新聞社 1994
・上田正昭・西澤潤一・平山郁夫・三浦朱門監修『日本人名大辞典』講談社 2001
・長友千代治著『近世上方作家・書肆研究』東京堂出版 1994
・上田淑子「栗原柳[アン]に就いて(文学遺跡巡礼 国学篇58)」(『學苑』9巻1号 1942)
・磯野直秀著『日本博物誌年表』 平凡社 2002
・今泉実兵「厩馬新論の研究 1」(『獣医畜産新報』367 1964)
・田中秀雄著『田中芳男は何をした人か』 田中芳男の胸像制作等を願う市民会議:田中芳男を知る会 2008
・上野益三著『博物学者列伝』 八坂書房 1991
・磯野直秀・内田康夫「『唐蘭船持渡鳥獣之図』の研究」(『慶應義塾大学日吉紀要. 言語・文化・コミュニケーション』第7号 1990)
・西村三郎著『文明のなかの博物学 : 西欧と日本』紀伊國屋書店 1999
・菊池俊彦「解説」(『紅毛雑話・蘭[エン]摘芳』江戸科学古典叢書31 恒和出版 1980)
・上野益三「解説」(『博物学短編集〈上〉』江戸科学古典叢書44 恒和出版 1982)


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