17 スペンサー・ブーム
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スペンサー(1820〜1903)の哲学がめざしたものは一種の総合体系である。彼は、自然から人間・社会に至る宇宙の存在が、すべて単一で同質のものから出発し、要素の分化によって異質なものの集合となり、ついで最終的には有機的で緊密な結合体へと向かって進むという、同一の原理によって進化することを示そうと努めた。その社会進化論によれば、社会はごく単純な原始社会から始まって、階級の分化と相互の抗争を経、人間が自分の諸能力をすべて発揮できる理想的な世の中に至る。最終的に到達するのは、自由の精神が確立された社会だが、しかしそれに至る過程で、準備段階として権力に服従する段階を経なければならない。つまりスペンサーの社会進化論は、現状をこれらの進化の段階のどこに捉えるかによって、自由民権思想を励ますことにもなれば、国権論の教科書としての役割もはたすことになる。スペンサーの哲学は、19世紀後半の流行思想となったが、その切り口は多様で、明治初年の日本にも複雑な影響をもたらした。
- 外山正一, スペンセル氏社会学之原理に題す. 『新体詩抄』明治15年(1882)所収 [総合図書館 E22:456:特2]
外山正一は文学部教授として哲学や政治学、宗教学を講じた。その実質は、スペンサー哲学の講読ないし祖述にすぎなかったようで、学生たちからは「スペンサー輪読の番人」と揶揄された。外山ははじめ、留学から帰って東京大学で教え始めた頃には、フランス革命について論じ、英語教科書にスペンサーの『代議政体論』やマコーレイの『憲法史評』を用いたが、後、文部省からの注意によってそれらの教材を停止しなければならなくなった。一方、新体詩の先駆者として有名で、「我は官軍、我が敵は」の作があり、ここに掲げるのは社会進化論を略述した新体詩で、七五のリズムに乗ってダーウィンやスペンサーの著作が解説されている。
- スペンサー著, 松島剛譯, 社會平權論. 巻2-3. 明治14年(1881) [総合図書館 S20:69]
人間の幸福は、人間が持つ諸能力を十全に発揮することであり、そのためには行為の自由を前提とする。すべての人間は、他の人間の平等の権利を侵さない限り、自分の欲するすべてのことをなす自由を有する、と主張するスペンサーのこの処女作は、自由民権運動の高揚期に際会して多くの読者を得た。しかし、ここに描かれる自由な社会は、彼の総合体系においては人間社会の理想であり、彼が宇宙の原理とする進化の法則に従えば、この理想に到達するためには専制社会の諸条件を経なければならない。この進化の仕組みを重視すれば、理想に到達するためには一時的に圧制を忍ぶべきだという、国権論的な議論にすくい取られてしまうことになる。民権論から見ると、スペンサー哲学にはこのような矛盾が内在していた。
- Herbert Spencer, First Principle(『第一原理』)1883 [総合図書館 B400:452]
総合体系の冒頭に位置し、宇宙全体の進化の原理を論じた哲学書。夏目漱石も大学予備門時代に友人から借りて読んだという。
- 有賀長雄, 社會進化論. 明治16年(1883) [総合図書館 S10:72]
有賀長雄は明治9年に大坂英語学校から開成学校に移った。坪内逍遥と同期ということになる。演説会では寄宿舎の風紀の乱れを糾弾し、高田早苗や坪内らのグループとは敵対していたらしい。明治15年のフェノロサの卒業式演説を翻訳したのも彼である。
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