9 リードルの時代


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 欧米の伝統的な大学教育では古典語の学習が必須とされた。これは貴族や上流市民層向けの教育で、ギリシャ語ラテン語を長い時間をかけて習得させ、ついでギリシア・ローマの古典を教えると同時に、ラテン語で立派な演説がおこなえるように古典修辞学の訓練を施すというものであった。それに対して18世紀の後半以降、産業革命で大量の労働者が出現したイギリス、ついでアメリカでは、中流以下の階層から多くの青年をリクルートし、自国語で読み書きができて数学にも長じ、ある程度の判断力を備えて労働者に指示も下せるような、下級管理職の養成が急務となった。そのため新しい効率的なカリキュラムが求められ、シェークスピア等の英語の古典の理解を到達点とする中等教育カリキュラムが成立する。その中心となるのが英語学習書であるリーダー(読本)である。

 これは、アルファベットの習得と単語の発音を教えるスペリング・ブックに始まり、第1から第3リーダーがほぼ初等教育課程に対応し、かんたんな古典やリライト物からなる第4リーダー、ミルトンやシェークスピアなど本格的な古典のテキストがならぶ第5リーダーは中等教育課程に対応する。『東京新繁昌記』の「書肆、洋書肆、雑書店」の項には「讀本の如きは一二三を連ねて之を蔵す、其の四五以上に至っては本肆の未だ仕入れざる所、之を読む者少なきを以って也」とあるように、明治初期の日本の英学校では、第3リーダーまでがポピュラーに使用されていたらしい。代表的なシリーズに、ウィルソンのリーダー、サンダースのユニオン・リーダー、バーンズのニュー・ナショナル・リーダーがある。これらは、各級ごとにほぼ程度を同じくしていたので、英語の学力を示すのに便利な指標として用いられた。たとえば築地の海軍兵学校の入試の説明に「英語試験はナショナル読本・ユニオン読本第四程度」とある。



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