本学附属図書館の蔵書数が1,000万冊に達したという。国内はもとより海外の主要な大学図書館の蔵書と比べても誇るべき規模である。ここでは、アジア研究図書館所蔵の「ユネスコ・アジア文化センター識字教育資料」コレクションを紹介したい。アジア研究図書館に所蔵されていると言っても、閉架資料であるため、閲覧のためには職員に保管庫から持ってきてもらう必要がある。
このコレクションは、公益財団法人ユネスコ・アジア文化センターから2014年に寄贈されたものであり、同センターが1980年代よりアジア太平洋地域でおこなってきた識字教育事業において収集された25カ国3,487点の教材や参考資料から成る。たまたま同センターが移転する際に併設ライブラリの規模が縮小されたという事情から、同センターの活動にも関わっていた本学教員の紹介を通じて、設立準備中のアジア研究図書館が受贈することとなった。
このコレクションの特徴は、「新識字者」のための学校外教育の教材であることである。「新識字者」とは、小学校中途退学などによりわずかな文字の読み書き能力しかない成人のことである。そのため、教材の内容は文字の学習にとどまらず、成人である学習者のニーズに合わせて、健康や栄養、母子保健、農業や水産業の知識、小規模ビジネスの始め方や農協の作り方、女性の識字教育の必要性、選挙の重要性、環境保護などたいへん多岐にわたっており、形態面でも冊子のほか紙芝居や双六なども含み多種多様である。見方を変えればこれらの教材は、各地域において読み書き能力の不足によって引き起こされていた社会問題をつぶさに反映しているのである。図書館での所蔵状況という観点からは、学校外教育の現場で使用するという資料の性質上、系統だって図書館に収集されてこなかったため、出版国においてさえ充分に所蔵されていない貴重なコレクションである。
さて、このような唯一無二のコレクションであるが、何語で書かれているのかさえわからない少数言語資料があったり、ボードゲームやリーフレットのように保存管理に工夫を要するだけでなく、目録化に必要な資料の表題が見当たらなかったり、形態を言い表すことが難しい資料が存在したりするなど、整理作業は模索の連続だった。最大の課題は、アジア諸語を理解して登録作業を担える人材の確保であった。幸い、本学には多様な言語能力や知識を持つ人がいるもので、一部の言語については、アジア諸語を扱える学生たちの協力を得ることができ、オンキャンパスジョブとして業務の一部を担ってもらった。
かくしてコレクション全点の整理を終え、2021〜2022年度にかけて3巻から成る目録(カタログ)を完成させることができた。形態等の問題からOPACに登録することは現時点では叶っていないが、かわりにカタログにはすべての資料のサムネイル画像を掲載しており、読めない言語の資料であっても、利用のための手掛かりとなるようにしてある。
2023年11月には、「ことばと社会」をテーマにした人文社会科学系組織連絡会議の連携イベントの一環で、このコレクションの展示とセミナーを開催した。展示は全体的に大変好評を得たが、とりわけ女性の識字教育の重要性を説いた各国版小冊子は注目を集めた。来場者アンケートからは、「展示資料を通じて、識字教育の大切さだけでなく、アジアにおける女性の地位や女性たちへの支援のあり方などについても考えさせられた」など、資料の内容の豊かさに気づいていただけたことが窺えた。それと同時に、こういった所蔵資料の存在と価値を利用者に伝えていくことの重要性を痛感した。
しかし、コレクションの利用公開から一年以上が経過したが、まだ一度も閲覧申請がない。アジア諸語など読めないから利用できないと考える必要はない。そもそも文字の読めない人を対象にした教材であり、挿絵が多用され、メッセージもシンプルでわかりやすく表現されている。研究書とは異なり、人々にダイレクトに伝えるための教材なのである。近年急速に発達している翻訳アプリを使えばおおよその内容を知ることも可能であろう(実際、整理作業にあたっては翻訳アプリに随分助けられた)。どんな分野の研究に活用できるかは利用者次第! 表紙画像のみからでも内容を窺い知ることができる資料も多いので、まずはカタログを一度手に取ってご覧いただきたい。
関連図書:
『アジア研究図書館所蔵ユネスコ・アジア文化センター識字教育資料目録』1 /河原弥生・鈴木舞編、2022年3月
『アジア研究図書館所蔵ユネスコ・アジア文化センター識字教育資料目録』2 /河原弥生編、2023年3月
『アジア研究図書館所蔵ユネスコ・アジア文化センター識字教育資料目録』3 /河﨑豊編、2023年3月
『識字教育資料からアジアの社会をみる : ユネスコ・アジア文化センター寄贈コレクション : 令和5年度東京大学アジア研究図書館展示図録』 / 板橋暁子・河原弥生・河﨑豊編、2023年11月
*カタログおよび展示図録は、アジア研究図書館の開架フロアに配架されているほか、東京大学学術機関リポジトリにも掲載してあり、全ページをPDFファイルでダウンロードすることができる。