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世界天文年2009によせて  展示資料一覧

資料解説
資料解説の一部は伊藤節子氏(元国立天文台)と平岡隆二氏(長崎歴史文化博物館)にご協力いただいた。無記名の解説は中村士による。
所蔵機関名表示のないものは、東京大学総合図書館所蔵である。

31 明治初期に日本に滞在した米国人科学者:トーマス C. メンデンホール自伝
An American scientist in early Meiji Japan : the autobiographical notes of Thomas C. Mendenhall
Honolulu : University of Hawaii Press, 1989. (Asian Studies at Hawaii. No.35)

明治11年(1878)10月に、東京大学理学部物理学科の教授として、米国のメンデンホールが来日した。大学では物理学、数学のほか天文学の基礎も教えた。学生としてメンデンホールに学んだ田中舘愛橘、藤沢利喜太郎らは、いずれも後に東京大学の指導的教育者になった。日本では、本書に記されている富士山での重力測定のほか、気象観測や太陽スペクトルの研究を行なった。3年間の滞在の後に帰国し、米国では複数の大学の学長を歴任し、また沿岸測量局の局長、度量衡局局長を務めるなど、メンデンホールはこの時代の米国を代表する物理学者とされている。遺言によって、彼の死後、遺産の一部が遺族から帝国学士院に寄贈され、これに基づいてメンデンホール賞(学士院賞の一つ)が設けられた。

メンデンホールは晩年、広範な自伝を著したが、1989年に彼の孫が、自伝の中から日本滞在3年間の部分だけを抜粋して、ハワイ大学出版部から刊行した87頁の小冊子が本書である。巻頭に、メンデンホールが離日する直前(1881年)に理学部のスタッフ及び学生らと記念撮影した写真が載っていて、これは日本側では従来知られていなかった。また、来日の時にアメリカ大陸横断鉄道と船の中で、金子堅太郎(後に伊藤博文系の官僚政治家)、団琢磨(後に理学部星学科の助教授を務め、三井財閥の総帥になった)と偶然知合いになった経緯が記されているが、これも歴史的に面白いエピソードであろう。自伝中の主な項目は、来日の経緯、旅立ちから横浜上陸まで、はじめて見る東京の印象、定例の日曜講演会、加賀屋敷のお雇い教師たち、大学生活と日本人同僚、黒田長溥からの招待・鴨猟、教科書・親しい学生達・大学の教育と研究、日光の観光、富士登山と重力測定・巡礼たち、将軍グラントの訪日、母校への復帰の誘い・決心、などである。


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