博覧会からみる植民地主義
●1851年のロンドン万博における植民地パビリオンは各地の原産物などを展示するに
とどまっていましたが、その後の博覧会では異国趣味的なパビリオンが増え、1889年
のパリ万博以降は「人間の展示」(植民地の原住民及び集落の展示)が行われるよう
になりました。それは白人優位主義を示し、植民地化を正当化し、豊かな「帝国」と
いうイメージを作り出す手段となっていきます。
1862年のロンドン万博で初めて万国博覧会を経験した日本はその後の博覧会で、欧
米人のジャポニスムを刺激するような展示を多く行っていきます。その一方でかれら
の帝国主義的な姿勢を学びとり、各博覧会で台湾館や朝鮮館、アイヌ人集落などの展
示を行うことで、欧米各国と同様、自国の優位と植民地化の正当性を示していきます。
- Page 1
- 英国植民地であったセイロンの展示区画
- 原住民集落とそれを見学する欧米人
- 原住民によるダンス
- Page 2
- 初めて万博を見る日本人使節団
- 日本の歴史を紹介する図書
- 台湾総督府による出品
- Page 3
- 朝鮮館および台湾館の外観
- 日本陸軍による展示
- 満州大博覧会の会場図
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