江戸期の俳書展について


東京大学大学院人文社会系研究科・文学部教授
長 島 弘 明

 俳書とは、「俳諧」の本のことをいう。その「俳諧」は、「俳諧の連歌」の略称で、もともとは滑稽を意味する語である。俳諧―すなわち滑稽な連歌―は、連歌の余興として詠み捨てにされるものであったが、室町時代の山崎宗鑑・荒木田守武の後を承け、江戸時代に入ると松永貞徳が出て、俳諧を独自の文学ジャンルに押し上げた。今日では俳諧というと発句のみを思い浮かべがちだが、百韻や歌仙などという連句は、江戸時代を通じて発句と同等に、あるいは同等以上に重要であった。概しておだやかな滑稽味を備えた貞徳一派の貞門俳諧の次には、新奇な題材・奇抜な着想・過激な表現を特徴とする西山宗因らの談林俳諧が続き、さらに俗に傾きすぎた俳諧を引き戻し、俗と雅をほどよく調和させた芭蕉らの蕉門俳諧に改まり、以後俳諧は大衆化し、近世文学を代表するジャンルとなってゆく。
 俳書の出版は、元和年間(1615〜24)に宗鑑の『犬筑波集』を刊行したことに始まる。江戸時代の俳諧撰集としては、寛永10年(1633)の松江重頼編『犬子集』の出版が最初である。江戸時代の和歌の本が、伝統文芸という規範意識のもとで造本が保守的であったのに対し、印刷文化の普及とともに成立・発展した新ジャンルである俳諧は、特に時代が下るにつれて、意匠も多種多様なものとなり、美麗な絵を配した俳書も多くなってゆく。
 今回の展示では、年代による俳書の変遷がたどれるように、江戸時代を仮に6つの時期に区切って刊行年順に俳書を配列した。展示品の選定に当たっては、文学史上の重要さもさることながら、挿し絵や造本の美麗さや、稀覯本であることなどを主に考慮した。いわゆる絵俳書が多くなっているのも、そうした理由からである。江戸時代の俳書のおもしろさを存分に味わっていただきたい。
 なお、本展示は東京大学附属図書館の主催であるが、昨年12月に創立50周年を迎えた日本近世文学会(江戸時代文学研究の学会)の、「日本近世文学会五十周年記念事業」の協賛事業の一つでもある。

 本展示の俳書の選定、また解題執筆につき、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程の千野浩一氏・水谷隆之氏をはじめ、以下の方々のご協力を得た。記して、厚く御礼申し上げる。

千野浩一・水谷隆之・全英美・佐藤知乃・酒井わか奈・小林ふみ子・吉丸雄哉・佐藤かつら・韓京子・大屋多詠子・合山林太郎・黄智暉


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