近世文学資料展について



東京大学大学院人文社会系研究科・
文学部助教授
長島 弘明



 近世文学とは、江戸時代の文学を指す。この時期には、韻文・散文・演劇のいずれにおいても、それまでにない多彩な様式の作品が生み出された。俳諧・狂歌・狂詩、あるいは仮名草子・浮世草子・読本などの近世小説であり、また浄瑠璃・歌舞伎である。和歌・連歌・漢詩文などの伝統的な雅文学も相変わらず盛んに作られたが、端的に江戸時代的な香りのする文学といえば、上記のような新形式の俗文学であることはまちがいない。
 近世文学の特徴は、印刷文化を基盤に持つということである。写本時代とは違って、印刷による均一な本文の大量頒布が可能になり、文学作品が商品として流通するようになった。そして、商品としての文学書は造本にも気を配るようになり、読者の目を引くような美しい魅力的な装幀の本も現れてくる。
 近世文学の本の特徴として挙げられるのは、ジャンルの意識が強く造本に影響しているということであろう。人に士農工商の身分制があったように、本にも大本・半紙本・中本・小本、あるいは横本・枡形本などという形態上の区分があり、それがジャンルの別・内容の別に対応している。大本は儒学・仏教書や古典などのやや堅い内容のものが多く、半紙本は一般的な書型で小説では読本がこの大きさ、中本は草双紙・滑稽本・人情本などのくだけた小説、小本は通ぶった洒落本、横本は実用書的なものと、外形から大体の内容を判断することが可能である。また表紙が錦絵になっているのは合巻、絵題簽があるのは黄表紙、独特の丸みのある文字で書かれているのは浄瑠璃本、というように、独特の特徴がある。本展示では、近世文学の多様なジャンルが概観できるよう、また各々のジャンルの本の特徴が把握できるように努めた。近世文学の豊穣さの一端にふれていただければ幸いである。展示作品の選択と解題執筆などにつき、次の方々のご協力得た。厚く御礼申し上げたい。

杉本和寛・久木元滋昌・高橋雅樹・全英美・山之内英明・佐藤知乃・佐藤至子・谷村晃司・酒井わか奈・小林ふみ子・吉丸雄哉・石田暁子・千野浩一・水谷隆之、及び図書館の近世文学読書会の方々

なお、総合図書館所蔵の近世文学関係の書誌解題目録には次のものがある。 「東京大学近世文学資料展展示目録付解説」(「近世文芸」15、昭和43・11、井浦芳信・冨士昭雄・諏訪春雄執筆)
『東京大学総合図書館 連歌俳諧書目録』(東京大学出版会、昭和47、森川昭・柳生四郎執筆)
『東京大学総合図書館 霞亭文庫目録』(雄松堂書店、昭和57、本田康雄・冨士昭雄・諏訪春雄執筆)
近世文学読書会編『東京大学所蔵 草雙紙目録』初編・二編(青裳堂書店、平成5及び7、日本書誌学大系67)
これらの労作を今回の解説でも適宜参観させていただいた。併せて御礼申し上げる。



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