東京大学総合図書館漢籍目録:刊行にあたって

戸川芳郎(束京大学名誉教授)


  
 束京大学附属図書館は、大正十二年の大震災による深刻な被害を経たにもかかわらず、その後各方面の篤い支援と歴代の教官・職員の多大な努力により、学術研究の最高学府に適わしい各種豊富な優れた文献史料を各部局に保蔵するに至っている。

 なかんずく、中央図書館の機能をもつ東京大学総合図書館に架蔵される「漢籍」は、じつに約一万点の多きにのぼり、全国に誇りうる多種類で豊富な内容の一大文献群をなしている。

 漢籍とは、中国渡来の唐本,朝鮮本・和刻本や写本などを含む漢文古典籍であるが、本館所蔵のそれは、十数種のまとまりのある「文庫」により成っている。明版・清版の精粋を蒐めた南葵文庫や鴎外文庫など、つとに内外に汎く喧伝された特殊コレクションがその根幹をなし、阿川文庫を主とする朝鮮本や、稀覯の古医書類の 軒文庫を加え、これら古漢語・文言文による漢文古典籍は、本邦内外から、その公開がつよく要望されていたものである。

 東京大学において、近年、図書館情報の整備は急遠に進み、利用者に多大の便宜がはかられてきた。一方、これら「漢籍」の情報整理には、高度の図書学・書誌目録学の知識と経験とを必要とし、多大の困難を館内外の理解と援助を得て克服し、十二年にわたる日子を費やして、ようやく周到な情報を著録した冊子目録の原稿が、ここに完成を見るに至ったのである。

 本館所蔵「漢籍」の目録原稿の完成したことは、ただに本学の貴重資産を公開利用する便宜が与えられたにとどまらない。これを需める研究分野は、中国学はもとよりのこと、思想(日本思想・比較哲学・倫理学)・宗教(仏教・道教)・文化人類学(礼俗・制度・掌故〉や日本史・東洋史・文化交流史から美術・工芸の世界にわたり、さらに中医学・天文暦数をふくむ博物・科技方面にのびている。

 また一層重大な意義として、近年沈滞しつづける「漢籍」整理事業にたいして、ここに具体的な水準が示され、中国書ー漢文古典籍のデータペース化へのモデルケースとなる成果を挙げたことである。この目録の出現を契機に、全国に散在する厖大なこの種古文献について、そのほとんどが放置状態に近いのであるが、その情報整理に一大指針を得ることとなり、大きくその整理事業の推進することが斯待されるのである。

 以上の意義を有する「東京大学総合図書館漢籍目録」の公刊が、いまや実現するはこびとなったことを、同学とともに喜びたい。


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