東京大学所蔵仏教関係貴重書展開催にあたって

東京大学大学院人文社会系研究科・文学部教授 末木文美士

 仏教はインドに興り、上座部がスリランカから東南アジアに広まる一方、大乗仏教は東南アジア・チベットの各地に展開し、西アジアを除くアジアの広域に多大の影響を与えた。アジアにおける文字文化の発展もまた、仏教を離れて考えることができない。インドの写本はもちろん、文字の国である中国でさえ、六朝以後のある期間は仏教が文字文化を主導したと言っても過言ではない。中国の影響を受け、チベット・朝鮮・日本においても、大蔵経はじめ、仏教の残した写本や刊本の数はきわめて多数にのぼり、それぞれの文化発展上、大きな役割を果たしてきた。それ故、仏教書籍を研究することは、一宗教の研究にとどまらず、アジアの文化を総体的に解明することになる。
 本学は関東大震災で大きな打撃を受け、貴重な書籍が多数焼失したが、その際焼け残ったものや、その後寄付されたり、購入したものなど、総合図書館はじめ、各部局には多数の貴重書が所蔵されており、その中には仏教関係のものも少なくない。もっとも有名なものとしては、総合図書館所蔵のサンスクリット写本があり、国際的にも広く知られている。しかし、それだけでなく、チベット・中国・朝鮮・日本の写本や刊本にもきわめて多くの重要なものがある。
 しかし、これまで本学所蔵の仏教関係貴重書をまとめ展示したり、研究することはなされてこなかった。これは、ひとつには所蔵の部局が多岐にわたり、それらの全体に目を配ることが困難であったからであり、またひとつには、さまざまな文化・言語にわたるために、ひとり、あるいは少人数ではとても扱いかねたからである。
 今回、第五十ニ回日本印度学仏教学会学術大会を本学で開催するに際し、この機会に、本学の仏教関係貴重書を展覧してはどうかという案が提案され、一年半に及ぶ準備を経て、ようやく実現にこぎつけることができた。その実現は、ひとえに貴重書の出展をお許しいただいた各部局、及び展示書目の選定や目録執筆に協力をおしまれなかったそれぞれの分野の専門家のお力によるものである。
 今回展示したものは本学所蔵仏教関係貴重書の一端であり、スペースの制約のために、やむなく展示をあきらめたものも少なくない。今回の展示をきっかけに、これらの書籍の重要性が再認識され、その研究の気運が高まるとすれば、その準備に関わったものとして、これにまさる喜びはない。


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