震災以前

明治10年の東京大学の創設時に東京大学図書館は設置されました。東京大学の前身の東京開成学校、医学校や旧幕時代の各学校時代にも図書館に類する部署があったことがわかっており、その淵源はなお古くさかのぼるという説もあります。

いずれにせよ、旧幕時代の学校以来受け継がれてきた所蔵図書を中心に図書館はスタートしました。しかし、このときはまだ図書館という組織はあるものの、図書館として独立した建物はなく、図書室が法・理・文の三学部と医学部に散在している状態でした。

独立した図書館が完成するのが、図書館設置から15年後の明治25年です。図書館の設計は文部省建築課、施工は請負人清水満之助(現清水建設)でした。煉瓦造りで、白い石材による尖頭アーチが、入り口、窓に配された中期ゴシック様式に基づく木造桟瓦葺の建物でした。こうした特徴は、法文科大学などのこの時期の学内の建築物に共通しています。

当時の図書館は、研究に資するための内外の資料を収集し、保存することに多くの労力が割かれていました。明治10年には、約5万冊(うち洋書が3万冊あまり)の所蔵図書冊数が、震災直前には、76万冊にも及ぶに至っています。当時の些少な図書の出版状況からしても、図書館がいかに多くの図書を受贈あるいは購入していたかがわかります。

著しく増加する図書の保存スペース狭隘化に対処するため、明治40年には書庫の増設がおこなわれました。

ちなみに、明治期には大学の制度の変遷とともに名称もたびたび変更されました。東京大学図書館(明治10年)から帝国大学図書館(明治19年)、さらに東京帝国大学附属図書館(明治30年)へと改称されています。図書館長制がスタート(明治30年に和田万吉館長が就任)し、図書館商議会(重要事項の審議機関で、現在は図書行政商議会となっている)が置かれたのもこの時期です。

参考文献